ヨルゴス・ランティモス監督の作品にはまっている今日このごろ、彼とタッグを組む脚本家エフティミス・フィリップの2017年のインタビュー記事を読んでみていたところ、その中で好きな映画として『湖の見知らぬ男』という映画を挙げていることを知った。
で、監督であるアラン・ギロディ特集により『湖の見知らぬ男』を含む日本初公開作が一挙3作上映されることになり非常に気になったため4月末に3作とも鑑賞してきた。これがどれも破格におもしろかった、という話である。

観てよかった!
そんなわけで各作品を簡単に紹介してみたい。
ミゼリコルディア(2024)
アラン・ギロディ特集で最初に観た一本。2025年5月の時点で最新作となるフランス映画である。フランスでは動員23万人を記録し、21カ国で公開というインディペンデント映画として大ヒットを記録してるそうな。
元上司の男の葬儀のために紅葉の時期に村へと戻ったジェレミーは、亡くなった男の妻マルティーヌの家に一泊させてもらうことになるのだが、なんとなく滞在が長引いていく。その中で、旧友でありマルティーヌの息子ヴァンサンには『おふくろを狙っている』と疑われ、疎遠だったワルターと旧交を温めすぎて銃を向けられ、きのこ狩りへ行けば毎回なぜか神父と出くわし、マルティーヌへ元上司への想いを打ち明けることになり亡くなった彼の服を借りて過ごしたりしだす。そんなこんなでしびれを切らしたヴァンサンに連れて行かれた山奥で暴力を振るわれ、追い詰められ思い余ってジェレミーは彼を殺してしまう。冷静に隠蔽するも徐々に村人や警官から疑われ始め…という話。
フランスの田舎の秋の風景が美しく、そんな中で登場人物たちの関係性やジェレミーの行動の意図はイマイチ明らかにはならなず、闖入者ジェレミーによってあちらこちらへと欲望がうずまき出した混沌の村を観察することになる。
村人たちにとっては謎である失踪事件の真相は観客には明白なのだが、逆に登場人物たちの微妙な関係性とその過去なんかは観客には何一つ伝えられず想像させられるばかりである。どこか不安と好奇心のようなものを抱えつつもこの映画に囚われていく感覚があり、その中で描かれる珍な状況、珍な展開、珍な着地点に度肝を抜かれた。余談だが終盤のチンな描写には大層やられたしだいである(他のお客さんも思わず笑っていてほっこり)。
おもしろすぎて他のアラン・ギロディ特集も観ようと決意した一作。

年間ベストに入れたくなる一本!
ノーバディーズ・ヒーロー(2021)
アラン・ギロディ特集2本目。これも最高。
ジョギング中に道端で中年娼婦イザドラに一目惚れした男メデリックが、いきなり告白し、その後どうにかこうにかヤりたいのでがんばる話である。で、ことごとく肝心なときに邪魔が入って全然ことに至れない。こともあろうに最初に入る邪魔が近所の広場での自爆テロ事件なのだ。しかもその直後に彼女の夫が部屋に平然と入ってきて「外まで声が聞こえたぞ」などといってイザドラを連れて行ってしまう(実際ギャグかのようにでかかったのだが、イザドラ的にはガチ)。イザドラも満更ではなかったのでどうにかこうにか二人でことに至ろうとはするのだが、その後も何度も至れずに邪魔が入り続ける。それと並行してアラブ系の家出少年セリムをテロ犯かと疑い通報したり、すぐ釈放されたので助けたりしているうちに、アパートの住人たちとセリムをどうするか議論したり、彼が不良に襲撃されたり、イザドラ御用達のホテルの受付と顔なじみになったり、メデリックの仕事仲間の女性が公私混同でメデリックにアプローチしてきたり、周りとの珍な関係ばかりが深まっていく。果たして彼はヤれるのか…!?という話。
これまたまったくもって物語の予測がつかず、流動的に登場人物の関係性の変化が続き、なんなら登場人物の自称する性的な志向すら変わっているようにも取れるのだが(前提が特例だった可能性もありつつ)、流されるままに楽しめる不思議な魅力の映画であった。劇場でも笑い声が何度もあがってしまうユーモアがとても良い。まだ下手したら二転三転ありそうなラストもなんとも味があって好き。

他の二本とは打って変わって都会が舞台になっている。これも好きなのだ…!
湖の見知らぬ男(2013)
アラン・ギロディ特集3本目。伝説の傑作スリラーとの触れ込みだったが、これまたビビる面白さであった。カンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門監督賞&クィア・パルム賞受賞作となる。
森の中の湖は男たちのハッテン場となっており、失業中のフランクはバカンスにて久しぶりにその湖へと通い始める。経験はあるもののゲイというわけではないアンリと世間話をする仲になり、水泳が得意な美しい肉体のミシェルと恋仲になる。しかしながら、数日前の夕暮れの誰もいなくなった湖の水上で、ミシェルとその恋人だと思われた男が争う現場をフランクは森から目撃していたのだった。しばらくして湖で死体が発見される。不穏な湖にて、ミシェルへの情熱と恐怖の間で揺れるフランクだが…、という話。
様々な表情に富む青い湖面や森の木々、そして夏の日差し、その只中に当然のように放り出された数々のイチモツに凡庸な倫理観のタガが外れるほどの衝撃を受けた。あまりに自然なのだ。自然すぎてそこら中に放り出されたそれらがただの体の一部でしかないことを受け入れることができた次第である。パンフレットに記載されていたが、アラン・ギロディ監督がかつて来日した際に話したという「セックスをポルノグラフから開放したい」という意志をすでにして体感することになる驚異的な導入であった。ちなみに自然にそこらにあるそれらも一度森に入れば様子が変わってくるわけで、こちらは結構ハードにガッチリネッチリと描かれるため、もう一段階タガが外れる。
情熱と恐怖の狭間にて、愛が試される物語であった。
すべてが闇に溶けるラストは白眉。

3作品ともとにかくどれもラストが秀逸!他の過去作品も観てみたい〜
あとできればソフト化していただきたいところ…!
ということで気になる映画監督が増えた、という話であった。