2025年の2月ころだっただろうか、ヒューマントラストシネマ有楽町で目にした予告編が気になった。それが『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』という作品だ。粗めなフィルムの質感と、なにやら魅力的なヒロイン(かわいい)、そしてなんだかよくわからないムードに惹かれた次第である。
そんなわけでどんな話かもよくわからずなままに、公開してすぐ(2025年の3月)に観に行ってみた。これがやはりよくわからない部分が多いのだが、それでも妙におもしろかった、という話である。
『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』だいたいこんな話
サウスカロライナ州の女子高生リリアンが修学旅行で訪れたワシントンD.C.にて、陰謀論に取り憑かれた男の銃乱射事件に巻き込まれ、店のトイレの大きな鏡の裏の秘密の抜け道から逃げ出したことをきっかけとして、行き当たりばったりの行きずりでどんどん北上していくことになる。反ファシスト団体とともにネオナチ集会を奇襲しに行くもはぐれ、出会ったネオナチの大学教授の家の一室を間借りすることになり、NYに一緒に出かけて彼のネオナチ資金をせしめて逃げ出したらマシンガントークな映画監督とプロデューサーにスカウトされ、なんだかスターになってしまい撮影現場でネオナチに襲撃され、撮影アシスタントに連れ出されて逃げた先はイスラム系の男たちの共同生活所でその物置にこっそりかくまわれ…という現代アメリカ版ふしぎの国のアリス的珍道中譚となっている。
監督ショーン・プライス・ウィリアムスはもともと撮影監督として20年にわたるキャリアを築いてきた人であり、今作が監督デビュー作となる。
主演はタリア・ライダー、ネオナチ教授に『レッド・ロケット』主演のサイモン・レックス(うってかわってインテリ役)が出演していたりする。
これを(観てひと月以上たって今更)書いている時点でタリア・ライダーの主演作『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』が公開中。打って変わって鬼気迫る内容だが、そちらの迫真の演技も素晴らしかった…!
『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』感想とか
行きずりにて出会う極端な思想やどこか狂ったアメリカを受け流し、雑に消費するリリアンの飄々とした姿が愉快であった。聞きかじったことを次の局面でテキトーに偽エピソードとして語ったり、受け身なのに流されきってるわけでもないスタンスがなかなかゆるくも、絶妙にしなやかである。描かれるもろもろは、実際の事件や団体(=ピザゲート事件、ANTIFA、ネオナチなどなど)をもとにしている模様。アメリカ事情に詳しくもない筆者からするとよくわからなかったりもしたがパンフや公式サイトのキーワード解説なんかでほどよく補填できる安心設計である。そんな現代アメリカの歪さをおかしく描き、それらがリリアンにはろくに意に介されもせず受け流されていく珍道中を、どこか現実離れした美しさの16mmフィルム映像で描き出している映画である。
ちなみにそんな元ネタ豊富な作りの映画であることから、今作は上映館によっては町山智浩氏による解説動画も併せて上映されており、筆者が鑑賞した回が解説動画付であった。これまた面白いので、鑑賞する機会があったらぜひ併せてみていただきたい内容である。かなりのシネフィルであるという監督のあまりに深すぎる元ネタ解説は深すぎるのだ。印象的だったのは、リリアンが撮影アシスタントの青年モハマドに連れられた先で自然を観に行ったときの明らかな合成カットについてだ。結構な違和感を感じたのだが、ここはシュフタンプロセスと呼ばれる、カメラの前に鏡を立てて絵などと登場人物を同時に映し出す技法で撮られており、そんな1920-1930年代の技法をわざわざ取り入れちゃったりするほどの古い映画好きな撮影監督としての遊び心も垣間見える(わからん)。
何が何やら、と思ってみていたフシがあるが、とにかく映像がよくて、音楽も魅力的な映画であった。リリアンが冒険に先駆けて歌う「Evening Mirror」も好き。
そんなわけでまた観たい映画である。
